目の前の現実を変えたければ、無意識の選択を意識的に変えよう!

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私はずっと一人で頑張ってきた。
というより、いつも独りだった。

一人っ子として育ったからか、いつも全部自分でやらないといけないという思いがあり、人に頼ることは苦手だった。
そして親の前ではいつも良い子でいないといけないと思っていた。
それと同時に、いつもどこかで誰も信じていなかった。
きっとまた裏切られるとか嫌われると心のどこかで思っていた。
だから仲良くなっても自分から相手を遠ざけるような言動をしてしまい、いつも私の周りから人が離れていった。

去年の冬至を境に私の周りで様々なことが浮き彫りになってきていた。
これまでに私が職場の人達にしてきたことに対する不満や批判といったものが噴出しはじめ、春分を機に更に加速して、様々な事を聞かされる中で精神的に疲弊していった。

特に職場の先輩に
「お前は自分のことしか考えていない」
「勝手すぎる」
「個人プレーだ」
「口だけで何もしない」
「2年間何やってきたんだ」
「いい加減にしろ」
と三ヶ月間ほぼ毎日のように言われ続け、毎日いつ辞めようかと思いながら働いている。

なぜこんなことになったんだろう?

私はずっと「自分には価値がない」という強い思い込みがある。
これはだいぶ前から気づいていて何度かビリーフチェンジをしてきたのだが、大きな根っこはまだ抜けていなかったようだ。この思い込みがあるせいで、人とぶつかったり無意識に自分を大きく見せようとしたり、主導権争いで相手を打ち負かすような言動をしたり、とっさに自分を守るような言動をしてしまっていた。
また何かが順調にいっていると無意識に自らぶち壊すような言動をしてしまっていた。

だからいつも自分はこんなに頑張っているのに誰も認めてくれないとか、何をやって上手く行かないとか、私は自分の好きなようにしてはいけないと思っていた。

すべては自分で選択したこと

無価値感からくる言動は、無意識のうちに自動的に発動するように組み込まれたプログラムなので、なかなか気づきにくい。とはいえこの行動はすべて幼いときの自分が自分を守るために作り上げたものであって、大人になった自分にとってはもう役に立たないどころか完全に足かせになっている。

ここ数年の自分の言動とその結果を思い起こしてみると、結局全て自分で同じパターンを選択していたことに気づいた。

自分がどんなに辛いかとか寂しいかというのを気づいて欲しいくて、一番親しい人の愚痴を言ってしまったり、派手なパフォーマンスをしてみたりと、なんとも幼稚な手法で自分の価値を認めさせようとしていた。幼い子供ならまだしも人生半ばとなった今となっては通用しないやり方を選択し続けていた。

・・・愚かなり、自分。

そうすることで何が欲しかったのか?

いい大人が幼稚な手法を取ってまで欲しかったものは一体なんだったのかというと

  • 仲間
  • 信頼
  • 愛情
  • 幸せ
  • 安心感

だった。

しかし結局は自分の価値を下げ何も手に入れることはできず、しっかりと自分の無価値感を証明しただけだった。本当に無意識の力は偉大である。

目の前の現実を変えたければ、今までと違う選択する

私は欲しいもの(仲間・信頼・愛情・幸せ・安心感)を手に入れるために、幼稚な手法を使って失敗し続けてきた。だから今の状況を変えたければ、これまでと違ったやり方をする必要がある。とはいっても特別な事をする必要はない。ただ単にこれまで反射的にとっていた言動を一旦冷静になって考えてみて、これまでと違う選択をしてみれば良いんじゃないかと思う。

初めのうちはなかなか上手く出来ないかもしれない。
それでも意識を向けていればやがて出来るようになるはず。
焦らずに諦めずに続けること。

そうすれば、やがて習慣となり無意識に落とし込まれて自動的に良い判断・良い行動が出来るようになる。

一度きりの人生。
イージーモードで生きるのか、ハードモードで生きるのか。
どちらを選択するかは自分次第。

 

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